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FUJIFILM X100S / Film Simulation Velvia


 


 


 


軒下にたまねぎを干しているのは一体何の意味があるんだろう…と、ずっと気になっていた。
風通しの良いところに吊しておくと長持ちするそうな。


 


 


ペンキでもぶちまけたんじゃないかと思うくらいに真っ赤。


イタリア人が米を持って行ってしまう、という事なんだろうか。


ワンコインの鹿すきやき丼。次回は予約してみよう。


 


アカハライモリ。


今日はVELVIAだけで撮ってみましたが、自分的にはASTIAが一番好みですね。

FUJIのフィルムシミュレーションの面白いところは本当に銀塩カメラでフィルムを入れ替えているかのような気分に浸れる点だと思います。VELVIAを1本撮り終えたから次はモノクロフィルムで…みたいな。所詮はプログラムされたフェイクでしょと言ってしまえばそれまでなんですが、本当に良く出来ています。

デジタルの良さは多分に理解しているつもりですが、コンデジに関しては如何せん写真を”撮ってくれる”カメラが多いんですよね。「シャッターを押すだけ頼んますわ。あとは上手くやっときますし。」て、もうホント腕の良い外注先なわけですよ。このX100Sに関しては写真を”撮っている”感が非常に強く、そこがまた気に入っています。(バッテリーの保ちが悪いとかファインダーの切り替えがモッサリしているとか、ストラップを巻き付けて片手で持ち歩いているとグリップの収まりが悪いとか色々文句もありますけど…)

コメント:2

17-11-16 (Thu) 10:12

心地よく写真を撮ってる感じがこちらにも伝わってきます。
画像じゃなくて写真という時、やはり写真機というハードウェアは無視できないのだと思います。
X100は僕も正直欲しかったです(笑)。
僕の場合は今K-1がかなりしっくりきていて、そのおかげで遅ればせながらのデジタル化が成し遂げられたかなと。
機械としてガチャガチャ操作できて、丈夫で、これは写真を撮るための機械なんだという存在感がある。
こちらが呼べば応えてくれる、呼ばないと応えないけど、という機械くさいところも(笑)。
道具ですから、そういうところが意外と大切だったりします。

暗室作業の孤独……僕の場合はずっと昔に深夜ひとりで文章書いてたことがそれに近いと思います。
あまり篭りすぎてそれが毒になって、その反動で外に出よう! って写真を始めたんですけどね。
先の旅で一人で暗いところで車停めて寝ていて、こういう夜もいいなと車の天井眺めながらボンヤリ考えてたこともありました。
夜は本来暗いものだろ、だから今は暗いし静かなんだよ、今自分はここにいるんだよ、という当たり前の確認をしているかのような……暗い夜の良さというものがあるのでしょうね。

to-fu 17-11-16 (Thu) 22:33

> 狛さん
趣味として楽しむ以上、その機材を使っていて楽しいか否かというのは大切ですね。
実のところ、僕は先日狛さんと撮り歩いた際に「やべえ、やっぱり写真はファインダーを覗いて対象と向き合うものだ。おもしれえ。」なんて思い出してしまったわけです。あれ以来GRなんて放り投げて一眼レフを持ち出しましたから。僕は凝り性かつ飽き性なので次の瞬間には飽きているのかもしれませんが、それでもその瞬間を心地良い道具と共に過ごすというのは、やはりいいものだと思います。

なんでしょう。僕も籠もりすぎると今度は人恋しくなるんですよ。どう考えてもめんどくさい奴ですよねえ 笑
やっぱり外での発散と内での発散のバランスが大事なんでしょうね。

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