- 2020-11-27 (Fri) 15:29
- SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN | Art | スギ | 巨木たち(地域別) | 巨木たち(樹種別) | 徳島県
SONY α7RIII / SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN | Art
今回あまりギチギチに予定を詰めた巨樹遠征ではなかったため、時間に余裕がある旅だからこそ優先的に回ってみたかった巨樹があります。それがこの「鉾杉」。冒頭の写真どおり強烈なインパクトを放つ巨杉ですが、何よりまずその立地がすごい。日本三大秘境の一つに数えられる平家の落人の隠れ里、祖谷(いや)のさらに端っこ。いわゆる奥祖谷と呼ばれるエリアの山奥に位置します。ここを訪れるなら他に行きたいアレやコレはどうしても犠牲にせざるを得ない…ということで、遠方から来る人間にとっては非常に悩ましい環境にそびえているのでした。結論から言うと行く価値アリ、全国的に見てもトップランカーたちに全く引けを取らない個性的な一本です。
いやー(決してオヤジギャクではない)、紅葉シーズンということで大歩危小歩危辺りが渋滞していたこともありますが、これが実際しんどい道のりでした。「加茂の大クス」から2時間弱かかりましたかね。まさに秘境と呼ぶに相応しい立地。
GoogleMapのレビューで20年は整備されていないような道のり云々という記載があったもので恐る恐るやって来ましたが、私の感覚からするとこのような山奥の集落へ続く道としてはかなりマシな部類だと感じました。軽じゃないと入れないくらい細いとか四駆じゃないと登れないとか、そういったことは一切ありません。ただし鉾杉の横に立つ「武家屋敷旧喜多家」にはそれなりの観光客が訪れている風でしたので、ノーガードレールのグネグネ道を100mくらいバックする覚悟だけはしておいた方が無難かと思われます。ええ、私の経験談です。
それは鉾神社の拝殿裏手に鎮座していました。幹周11mという事前の情報からその巨大さは十分イメージしていたつもりですが、私の想像を軽く凌駕してくれるほどデカい。駆け寄りながら自然と笑みがこぼれます。ニヤニヤが止まらない。あの規格外な大きさを誇る「加茂の大クス」を眺めた直後にここまでの興奮を与えてくれますかアナタは。同じ日に二本もこのクラスの巨樹を眺められるなんて。冗談抜きにもう今ここで死んでも悔いはない、と考えてしまったくらい。
その形状はまさに鉾。日本神話によるとイザナギさんとイザナミさんが鉾を用いて海をかき混ぜ作った淤能碁呂島(おのごろじま、諸説ありますが淡路島が淤能碁呂島ではないかという説も)から国産み、神産みが始まったとされていますが、私はもうこの杉を見た瞬間からこれがその天沼矛(あめのぬぼこ)と呼ばれる鉾に違いない!としか思えませんでした。目の前にぶっ刺さったモノこそが創生の鉾、天沼矛である。冗談抜きにそう言われても納得してしまうくらいの迫力。しばし初見の興奮も忘れて目の前に立ち尽くしてしまったほどです。
まあ流石にそれは私の妄想の話であって、解説板にはこの杉が創生の鉾だなんてことは一切書かれておりません。屋島の合戦で破れた平国盛がこの地に逃れて鉾を奉納し、鉾神社を祀った際に植えられたものだという伝説から「国盛杉」とも呼ばれています。これは祖谷の平家の落人伝説(これは伝説でもなんでもない歴史的事実だと思いますが)、そして樹齢から見ても信憑性のある話です。県下随一の杉の名木とありますが、これは嘘偽りない事実。実際に個性まで含めたら徳島県ナンバーワンの杉と言っても過言ではないと思います。
周辺がかなり鬱蒼と茂った斜面である上に鉾杉周辺には囲いがあるため、ヒューマンスケール写真の撮影はちょっと困難。これだけ杉と距離があると何の比較にもならないよな…と。
カメラから見てコサイン誤差が無くなる位置をざっくり測定して立ってみました。いかがでしょうか。とんでもない杉であることが少しは伝わるとよいのですが。まあ伝わりませんよね 笑 私も実際各方面のサイトでたくさんの写真を見てから臨みましたが、それでも実物の存在感たるや私の想像を遥かに超えていましたので。
幹州10mを超えると、これはもう理屈抜きに万人が興奮できるサイズといって間違いないと思います。樹形が、健康状態が、云々。10mクラスになるとそれら全てを圧倒的スケール感がふっ飛ばしてしまう。約束された巨樹とでも言いましょうか、ハズレであるわけがありません。
こちら神社入口から見て奥側、斜面の上側から撮影した姿。初見のあの真正面から見据えた姿も一気に心を持って行かれるほどの迫力がありましたが、最も鉾感が強いのはこの背面からの姿ではないかと思います。荒々しい姿だけど北陸のウラスギとは明らかに違う。あそこまで野性味に特化したわけではなく、荒々しくもどことなく神性な雰囲気、神々しさが感じられる。
それにしてもこの枝ぶりよ。どうやったら杉がこんな形状に育つのか。同じ杉という樹種でも一本一本本当に違う姿を見せてくれる。自然というのは実に神秘的なものですね。
枝が大地に向かって逆向きに伸びるいわゆる逆杉とは違い、それそれの枝葉は確実に天を目指している。この辺りも雪深い地域だと思われますが、似たような育成環境にあっても北陸の杉とはここまで違うものなのかと不思議でなりません。
右手奥に見えるのが武家屋敷。まあここを訪れる観光客の9割は武家屋敷が目的なのではないかと。実際私が鉾杉を撮影している間だけでも数組の観光客が来られていたみたいです。ということで往来が決して皆無というわけではないので、ここに至るまでの見通しの悪い山道を運転する際はスピードを出しすぎないよう充分ご注意下さい。
先ほどの加茂の大クスに引き続き日差しが非常に強烈で撮影条件は恐ろしく悪かったんですよ。しかし時折ふっと差し込む日差しが本当に神秘的でしてね…最後には三脚にカメラをセットしたまま放置して、しばし鉾杉に見入ってしまいました。良い写真を撮る?結構、結構。でもそんなことよりここで良い時間を過ごすことの方が何倍も大切なんじゃないの?鉾杉にそう説かれているような気分になってきます。
この日は本来の予定なら池田町まで戻って最後にもう一本巨樹を訪問するつもりだったんですが、この光景を見ているとそんなこともうどうでもよくなってしまいました。都市部で外回り営業しているサラリーマンでもあるまいし、せかせか急いで件数を稼ぐことに一体何の意味があるのか。というか今後の人生でここに来れることなんて無いかもしれないんだから、もっと記憶に焼き付けておかないと。
ええ、現実的に考えたら、本当に今後またここに来ることが出来るのだろうか…と。ここに来るためにはその他の目的地候補を随分と犠牲にする必要がある。祖谷のさらに山奥。改めて考えるまでもなく、途方も無い場所です。しかしこうも思うんですね。旅先でスタンプラリーが如く名所を点から点にせかせか移動するのではなく、臨機応変に、ときにはその日の予定を全部ぶっ潰して白紙にしてでも、その瞬間のインスピレーションに従ってのんびりじっくり過ごせる自分で在りたいと。
かつて平家の落人が逃げて逃げて、最後の最後に行き着いた土地。単に鉾杉がすごい、武家屋敷は貴重な歴史的建造物だ…そんな浅いことではなく、自分の価値観を揺さぶる何かがこの地にはあったような気がします。また時間を気にせずこの「鉾杉」を再訪できるような人間で在りたい。巨樹と向き合うことによって自分と向き合う。そんな体験がしてみたい方にはこの奥祖谷の鉾杉をオススメいたします。
2020/11/15訪問
「鉾杉」
徳島県指定天然記念物
樹齢 約800年
樹高 約35m
幹周り 約11m
徳島県三好市東祖谷山村大枝43
コメント:4
- RYO-JI 20-11-27 (Fri) 18:31
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この鉾杉を抜きにしても一度ゆっくり訪れてみたいと兼ねてより思っていたのが祖谷の地。
昨年のサミットで周辺を通った時に、何となく異世界だと感じていました。
その祖谷の更に奥にある鉾杉は遠い存在ではありますが、身近なto-fuさんが行かれたとなると何故か少し近い存在に思えてきます(笑)。
荒々しい形相のウラスギも大好きですが、鉾杉はそれらとは違う力強いオーラを発しつつも均整の取れた美しさがあるように見えます。
いえ、実際目にしたら圧倒的な存在感と迫力に気圧されてそんなこと言っている余裕がないことが容易に想像できます(笑)。
少なくない時間と労力を費やしたった一本の杉を求めてきた結果、それ以上の満足感に浸り価値観の変化に気付けたことは凄く貴重な経験ですね(つまり羨ましい)。
巨樹趣味は本当に奥が深い!
長い人生ではありますが、今後もそういう経験をいくつも積み重ねていきたいものです。 - 狛 20-11-27 (Fri) 22:25
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もちろんのことサミットでのルートに盛り込むことを考えたんですが、このスギだけ外れてるんですよねえ。
書かれている通り、このスギを探訪するための時間をしっかり確保する必要も価値もあるということでしょうね。
未訪問ながら、ああしてあの辺りの土地を探索して走り回った記憶から、強く共感できるように思います。
大きさでいえば「五所神社の大スギ」と双璧で徳島最大級ということになるんでしょうが、鉾杉の方が身がしっかりして単幹なので余計巨大に見えそうです。どこから見ても惚れ惚れする大杉ぶりですね。
10メートルを超えてくるあたりから、スギは問答無用の存在と化してくる。
樹齢の推察が本当かどうかとかはどうでも良くなってきて、神話や伝奇の世界にグイグイ踏み込んでいく。
そんな魅力を知ってしまったら、もう気になって。どうしても突き動かされて遠くまで足を運んでしまうんですよねえ。
それも、ただの神社の大きな御神木という感じではなく、荒々しく、かなり古い。平家落人伝説と秘境のロマンのど真ん中にこの巨大杉がぶっ刺さっている感じですね。
いやー(再)、また行きたいです。先が見えない道に冷や冷やするあの感覚も、今となっては恋しいです。 - to-fu 20-11-28 (Sat) 10:08
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> RYO-JIさん
祖谷は本当に私もいつかゆっくり滞在してみたいですね。沖縄の離島なんかと一緒で、ある程度そこでじっくり過ごして
初めて見えてくる景色があるのではないかと思います。つるぎ町といい、十津川が都会に思えてくるくらいの衝撃でしたねえ 笑
そうなんです。均整がとれている。荒々しくも美しい杉の巨樹でした。
苦労して到達した巨樹はその疲れが最高の調味料になってくれることもあって、どうしても評価が高くなってしまいます。
この立地にしてこの姿。もう神様からの贈り物としか思えない光景ですが、ほとんど限界集落のようなところなので今後数十年で
路面も荒れ、近い未来には自然の中に埋もれていってしまうのかもしれません。我々は結構幸せな時代に巨樹めぐり出来て
いるのかもしれないなあ…なんてしみじみ考えてしまいましたよ。こういう巨樹をじっくり巡っていきたいですね。 - to-fu 20-11-28 (Sat) 10:17
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> 狛さん
この鉾杉に限らず、あのサミットの取捨選択は本当に困難を極めましたよね。魅力的な巨樹が多すぎる…
そんな中で狛さんが立ててくれたあのプランは今でもパーフェクトだったと思っています。ありがとうございました。
もし鉾杉を目指していたなら杉の大杉以降の巨樹は全てスルーせざるを得なかったかも…と考えると、流石にそれは無理ですわ。
仰るように徳島県の巨杉としては「五所神社の大スギ」と「鉾杉」の双璧でしょうね。立地を含めても甲乙付けがたい。
鉾杉はその形状もあってどこか非現実的といいますか、まさに神話の中に迷い込んだかのようなを感覚がありました。
本当ならもっと時間をとって、平家落人伝説をなぞりながら締めに鉾杉…なんてことが出来たら感動もひとしおだったと
思うんですよね。あれだけの遠方ということもあって実に贅沢な時間(とお金)の使い方にはなってしまいますが、
生きているうちに是非実現してみたいものです。ああ、また三人で行きたいですねえ。あれはホント楽しかったなあ。
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