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SIGMA dp1 Quattro

やはりデジタルでモノクロ撮ってもどうも楽しくない。自分の場合モノクロ写真は、撮る行為よりもそこから暗室で自分の写真を創造することの方がずっと好きだったんだろうな。フィルムで写真を撮る行為そのものには全く未練が無いけれど、暗室で過ごしたあの時間を想うと昔に戻りたいなどと未練がましく思ってしまう。周囲を見渡すとデジタルに移行せず写真行為そのものを止めてしまった人も多く見られる。ああ、きっと僕と同じように写真を撮ることよりも暗室で過ごす時間を愛する人だったのだろう。でもまあデジタルも悪くはないですよ。彼らの多くもまた僕と同じシャッターを押す感触に飢えたシャッター・ジャンキーだと思われるので、いつの日かまた写真の世界に戻ってきてくれるといいなと願っております。昔よく酒を飲みながら、酔っ払ってそれこそ何百回と同じことを語った記憶がありますが、我々はもし10年20年写真から離れることがあったとしても、それでもきっと写真からは離れられない。今でもそう思うのです。

コメント:2

18-12-04 (Tue) 21:37

デジタルのモノクロ……という感じがどうしてもしてしまい、かつての、あのモノクロではないのだなと思ってしまうところは僕にもあります。
それゆえにか、写真のモノクロ化(この時点でちょっとおかしい)には変に慎重になってしまうところがある。
モノクロといえば、かつては、挑戦と失敗と時々歓喜と化学とどうしようもなさと……そういうのを素手で直に触ってるみたいなモノだと思ってたんですよ。
あ、僕は、という解釈ですが……。笑

巨樹を撮り始めたのも、デジタル化の壁の前で立ち止まって写真の手を止めたくなかった、それが大きかったなあと。
そしてやっぱり、津々浦々を旅行して回るのはやめられなかったし。そこにカメラは必要だった。
しかし、あのモノクロとかフィルムができないんならやめるという方も、ほんとにたくさんいました。
僕の界隈もデッドリンクばかりになりましたが、どうしてやめちゃうんだよーと思いつつ、その方々と方向転換した自分と、果たしてどちらが写真に対してまっすぐ取り組んでいたのか? ……と、少しだけ疑問に思うこともありました。

まあでも、そう、今楽しく撮ってるからには、このまま10年20年続けて、戻ってくる人たちを出迎えるくらいのがいいですよね、きっと。
その時の自分がどうなっているのか、それを想像するのも楽しいことかもしれません。
to-fuさんにはぜひあの時のような熱っぽい人たちと再会あるいは合流してほしい。
僕は、そんなに続けてもやっぱり主張控えめでしょうし、ニヤニヤしながら隣でそれを見てみたい。笑

to-fu 18-12-04 (Tue) 22:39

> 狛さん
全く以て同感です。まさに化学の実験というか、銀の化学反応だけで世界を表現できちゃうんですよ。それも機材、撮り方、現像方法、プリント…どの手順をちょろっと変えただけでも仕上がりが無限に楽しめる。写真ってすげえ!と。僕は昔からスポーツみたいに他人との比較で上手い下手が明確になる趣味は、ハマっても人並みに出来るようになるとすぐ飽きてしまうんですが、写真って正解が無いじゃないですか。飽きようがないんですよね。

実際僕も喪失感があってしばらく写真から離れてましたから。その期間に何度も写真仲間と飲み語らう機会がありましたが、やはり「どうせto-fu君は戻ってくるでしょ。」と言われ続けていました。ふとカメラを持って街を歩いてみると、やっぱり楽しいんですよね。ああ、写真ってこんなに楽しかったんだなと。フィルムとかデジタルとかどうでもええわって気になりましたから。きっと今は一時的に離れている彼らも、そんなきっかけがあってまたカメラを手にするときが来るんじゃないでしょうか。別にデジタルでもスマホでも何でもいいし、全部ローカルに撮り貯めてWebに公開なんかしなくてもいい。ただ同じ空の下で写真を楽しんでいるといいなあと思いますね。

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