Diary

LEICA M10 / MS-OPTICS SONNETAR 73mm F1.5

年明け早々に末期がんが発覚した客先の社長が亡くなったと連絡をいただいた。末期がんの余命宣告が残酷なくらい正確であることは身に沁みて実感してきたので覚悟はしていたが、それにしても早すぎる。このような状況だと、ついどこまでが自粛でどこまでが怠惰なのか分からなくなってしまうような暮らしを強いられているけれど、本当に人はいつどうなるかなんて全く分からないわけで。明日でいいかな、来年でいいかなと思うようなことも今できるのであればやっておいた方がいい。他人から生き急いで見えようとも自分の人生は自分だけのもの。心からそう思います。こうしている瞬間も我々は誰もが緩やかに死に向かっている。一日一日を大切に、噛みしめるように生きていきたいものです。

さて。緊急事態宣言とか言ってられる場合でもなくなったので家族みんなで別れの挨拶に行ってきます。生前は食事会から何故か親戚の集まりにまでお声がけいただいて、うちのムスメなんて本当に自分の孫のように可愛がってもらったんですよねえ。私の外注先の子にまでご飯を御馳走して下さって、明け方まで飲み明かしたこともありましたっけ。(私と外注先の子はその後酔い潰れて梅小路公園の芝生で目覚めたなあ 笑)みんなが顔を出しやすい連休中に亡くなるだなんて、あの人らしいと言えばあの人らしい。でも突然すぎて気持ちの整理ができてませんよ。

Diary

LEICA M10 / Voigtlander Heliar Vintage Line 50mm F3.5 VM

連休初日。防湿庫から撮影機材を一式取り出してシルボン紙で拭き上げたり、家の前で縄跳びしたり。
午後からは久しぶりに燻製器でスモーク味玉を作ってワインをちびちびやろうと思います。
しかしこれ本当に気をつけないと1年後にはデブになってるな。

PENTAX K-1 / PENTAX smc PENTAX-D FA MACRO 50mm F2.8

久しぶりすぎてソミュール液に漬け込んだ卵を乾燥させるのを忘れてた。冷蔵庫にて乾燥放置プレイし時間潰しのため近所徘徊へ。Sonnetar 73mmを日中でも開放で使おうとNDフィルターを装着してウッキウキ(死語)で出発するも、NDフィルター以前に肝心のSDカードが刺さっておらず死亡。仕方なく無人販売所で巨大大根を購入して帰路についた。本日も平和でよろしおすなあ。

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LEICA M10 / Voigtlander NOKTON classic 35mm F1.4 SC

鴨川沿いを1時間ほど自転車こぎこぎして下鴨神社参拝。帰りに明日からの大型連休に備えてワイン2本、日本酒3本を買い溜めしてきました。どこにも出かけられないんだから普段よりもいいお酒を…と言い訳しながら、端から混雑するゴールデンウィークに出かけるつもりなんてないくせに日常用のお酒の倍くらいの金額のやつをチョイス。といっても、元々の日常酒が大した金額ではありませんけど。

せっかくの連休なのに旅行に行けないなんて!とストレスに感じる人もいるのかもしれませんが、逆に考えたら飲食店も観光名所も休業してるこんな時期に他人から白い目で見られながら旅行して楽しめるか?という。強行して旅先で感染して来ようものなら時勢が読めない上に自制も出来ないばか=奈○県知事と同レベルの知能(ゾウリムシ以上チンパンジー未満)だと証明されてしまいますし、そんなの私には耐えられない。こんなときはさっさと気持ちを切り替えて、家の中や近所で楽しめるプランを計画する方が遥かに有意義でしょう。恨み言言ったところで状況が改善するわけでもありませんからねえ。

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SONY α7III / SIGMA 35mm F1.2 DG DN | Art

俺、この状況が落ち着いたら絶対もう一度四国の志々島に行ってのんびり写真を撮るんだ…
なんてことを考えていた一日。戦争映画なら確実にこのまま最終決戦で死ぬキャラやんな。いやいやいや。

南三陸から 2011.3.11~2011.9.11 佐藤信一

PENTAX K-1 / PENTAX HD PENTAX-D FA★50mm F1.4 SDM AW

いわゆるプロのカメラマンや写真家ではなく、南三陸町で写真館を営まれていた佐藤氏によって撮影された震災の記録。プロアマ問わず外部の人間が作品として撮った記録写真も数多く存在しますが、やはり現地の方が作品としてでなく純粋な記録写真として撮影した写真だからこそ胸を打つものがあります。最近またパラパラとページをめくる機会が増えました。

先月11日、私は地元のローカルラジオを垂れ流しながら和歌山県の海岸線を運転していました。ちょうど震災から10年の節目ということでしきりに追悼、あの悲しみを忘れてはいけないという言葉が繰り返されます。そこで感じたのは、どうしてここまで他人事でいられるんだろうということ。明日にでも、いえ、災害大国に住む我々ですから、まさに今この瞬間自分が被害に見舞われても何ら不思議ではないというのに。

追悼の気持ちが無駄だと言いたいわけではありません。故人を思い偲ぶ。人が真の意味でこの世から消滅するのはその存在を思い出してくれる人間がいなくなった瞬間だと考えているので、私もその気持ちは大切にしています。しかし、いくら思い偲んだところで死者は帰って来ません。本当に大切なことは、今こうして生きる我々がその死から何を学び、どう生きるか、ではありませんかね。あれほどの大災害を対岸の火事みたいに追悼の気持ちだけで済ませてしまったのでは、亡くなった方も浮かばれません。

こんな状況が続いていますから、ついつい今年は低空飛行で乗り切って来年こそは…などと考えてしまいがちですが、来年がやってくる保障なんてどこにもないわけで。他人から見たら生き急いで見えようとも、今出来ることは明日ではなく今すぐにやる、を意識して一日一日を大切に生きたいものです。

SONY α7III / SIGMA 100-400mm F5-6.3 DG DN OS | Contemporary

南三陸から 2011.3.11~2011.9.11 佐藤信一
※別にアフィリエイトリンクとか貼りませんので、ご興味のある方は上記タイトルで検索して購入してみて下さい。既に絶版になっていると思いますが、現時点では非プレミア価格の古本がそれなりの数見つかると思います。凄惨で目を背けたくなるような写真も含まれていますが、素晴らしい記録写真ですので是非。本当は和歌山県から帰ってすぐにこの記事を書き上げたかったのですが、メディアが追悼連呼してるときにこれを書くのも空気読めない奴みたいな感じがしてスルーしていました。ただやはり追悼一色、何周年イベントのような扱いをするのはちょっと違うような気がします。